1月25日、アンデルス・オロフソン氏の訃報が入ってきた。
オロフソンといえば、90年代初頭にかけての日産モータースポーツの第二期黄金時代の立役者だ。グループA仕様のGT-Rはもとより、強すぎるほどの日産グループCを操ったワークスドライバーの一人として、我々ファンに多くのの感動を与えてくれた。常に物静かでクールな氏は、関係者の間でもインテリ派のドライバーとして評価が高かった。

数年前、元オロフソン車を担当していたNISMOのメカニックと話をした際にも、「オロフソンほど、素晴らしいドライバーはいなかった。常にクールで、レース中でもマシンの状況を正確にメカニックに伝えてくれた。だから仕事がやりやすかったんだ」と言う。「もちろん人間的にも素晴らしい人で尊敬していた。テストの時なども、自分の出番がくるまでは、いつもPITの奥で読書にふけっている姿が印象的だった。そして出番がくると静かに本を閉じるんだよね。その時、シーンと静まり返ったPITの中に、パタンとオロフソンが本を閉じる音が響くんだ。その音を聞くとこっちまで身の引き締まる思いがしたね」という当時のメカニックの言葉が印象深い。

聞けば、22日の夜、就寝中に他界されたという。
氏は、人生という長いようで短い本をも、静かに閉じられたのだ。

謹んで哀悼の意を表するとともに、感謝の言葉も述べたい。

オロフソン、ありがとう。by レーシングドライバー木下隆之   

本誌執筆陣の木下隆之氏も共石スカイラインGT-Rでオロフソン氏とコンビを組みグループAレースを闘った一人である。師匠とあがめる氏の訃報にあたりコメントを寄せてくれた。
「彼とコンビを組んだことで僕は、大きく成長したと正直に思う。彼はGT-Rの乗り方をひとつひとつ丁寧に僕にレクチャーしてくれたし、ドライビングそのものだけでなく、レースへの取り組み方までも、とても親切に伝えてくれたのだ。タイヤを無駄なく使う方法。勝利する方法。そのどれもが、けっして派手な内容のものではなかったけれど、その後プロとして活動する上でとても大切なものだった。もう彼から教わることができなくなった。だけど、彼が教えてくれたテクニックは、いま僕の中にははっきりと残っている」。