第4話:1990レース・ド・ニッポン
2007/11/20
カテゴリ: GroupAの残像
ライター: 御堀直嗣
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箱庭のような美しいサーキットに爆音が響き、暑さと観客の熱気で噎せ返る真夏の祭典『レース・ド・ニッポン』
GT-Rにとって初めての夏
それは、ライバルたちとの勝負というよりもむしろ暑さとの戦いになるのだ
Text: Naotsugu Mihori
Photo: Yoshio Moriyama
By courtesy of GT-R Magazine Vol.003, Kotsu-Times Sha, 1995.
Photo: Yoshio Moriyama
By courtesy of GT-R Magazine Vol.003, Kotsu-Times Sha, 1995.
徹底した熱対策で夏を味方につけた星野/鈴木

グループAのレースがスタートした1985年からは、そのグループAがメインレースとなった。1985年は6月の開催だったが、1986年以降は8月の開催となり、猛暑の中での過酷なレースとして参加者たちを苦しめ、一方でライバルとの戦いというより熱との勝負の中で、数々のドラマを生んできた。
1990年のシリーズ第4戦に当たるレース・ド・ニッポンへ向けて、スカイラインGT-Rは開発当初から熱対策には万全を期してきたのであった。とくにターボエンジン車はエンジンルーム内の熱の発生が大きい。大きなパワーを発するだけに、その熱量も増大するからだ。真っ赤に灼熱したターボチャージャーが、狭いエンジンルーム内でどれほどの負荷にさらされているのかは想像もつかない。

このニスモ仕様のGT-Rは、標準のGT-Rに比べると外観上も若干異なる。たとえば、フロントバンパーには、ナンバープレートが取り付けられる位置の両側にエアダクトが口を開けている。エンジンフード先端には、出っ張りのあるモールが追加されている。ラジエターグリルへの空気の流入を良くするためだ。
そのフロントグリル周りに関して付け加えるならば、そもそもグリルレスのデザインだったR32スカイラインの標準車とニスモ仕様GT-Rは異なり、ラジエターグリルが採用されている。それだけ大きな熱量を持つ大パワーエンジンが搭載されているという何よりの証拠であろう。
ニスモ仕様ではまた、フロントバンパー下のインタークーラーへの冷却口にあったグリルを廃止して、直接空気がインタークーラーに触れるようにしている。
その他、実際に採用されずに終わったようだが、インタークーラーのコアを一部削除し、インタークーラー後ろに設置されたラジエターにより多くの空気を流れるようなテストを行ったり、インタークーラーの搭載方法を検討したりということが開発段階で行われている。
グループA仕様のGT-Rを開発するに当たって、熱対策にどれだけ配慮したかが、その開発秘話によっても明らかとなっている。

1周が2045mの筑波サーキットに、ディビジョン1からディビジョン3まで33台のグループAマシンが揃ったのだから、予選でクリアラップを取ることは至難の業だ。その中で、長谷見昌弘の乗るリーボックスカイラインは、1回目の予選でほぼ完璧なタイムアタックを行うことができた。ベストタイムは1分を切る58秒949だ。しかし長谷見は「前後のタイヤの食い付きが気に入らない」と言う。
前年の同じレースで星野和義の駆るスカイラインGTS-R、カルソニックスカイラインが、グループAマシンとして初めて1分を切るベストラップタイムを記録した。そしてコースレコードは58秒921。GT-Rとなったこの年、まずはそのレコードタイムを破らなければ面目は立たないだろう。
星野は、長谷見に及ばず1回目の予選を59秒059で終えた。
午後、路面温度は50℃以上に跳ね上がったが、まず星野が58秒台へ入れてくる。そのあと、トレッド表面を削り取ったタイヤを装着。また、ボンネットを開けラジエターを水で冷やしている。
長谷見は、星野が58秒台へ入れてきたのを受けて2回目の予選のために残しておいた新品のタイヤを装着し、おもむろにタイムアタックに入った。そして58秒218をマーク。昨年の星野のコースレコードを塗り替えた。星野も58秒401を出して自らのコースレコードを破ったが、長谷見のタイムには及ばなかった。
GT-Rを追うフォード・シエラRS500のベストタイムは、1分0秒007で、わずかに1分を切れずに終わった。前年には59秒台を2台のシエラが出しているが、1分を切るのはよほど条件が揃わないと難しいのだろう。この日、シエラ勢のトップタイムを出したダンロップ・シミズ・シエラも熱対策としてラジエターの大型化を行っており、レース・ド・ニッポンはすべてのマシンにとって熱問題が頭痛の種であることをうかがわせた。

「昨日までは、カルソニックスカイラインに1秒くらいの差をつけられていた。朝のフリー走行では4WDの前後のつながりがスムースでなかったけれど、午後の2回目の予選では足回りの感じがずっと良くなった。
筑波はタイトコーナーの連続だから、特にアンダーを出さないようにフロントタイヤを食いつかせるセッティングを心掛けてきた。
水温は86℃に収まっている。スリップストリームに入っても90℃くらい。去年は冷却系に圧力をかけ110~115℃くらいまではオーバーヒートを起こさないようにしていた」と語った。
これまでで最もきついカーブの続く筑波で、4WDのバランス取りに苦労し、アンダーステア対策に忙殺された感のある長谷見のコメントだが、GTS-Rに比べエンジンパワーが150馬力以上向上していると思われるGT-Rが、こと冷却系に関してははるかに優れていることが実証された。

レース・ド・ニッポンは、他のレースと異なり、距離のレースではなく2時間30分を先に走り切ったものが優勝するレース形態をとる。それでも、結果的には300km近くを走ることになる。決勝レースは、ローリングを2周してスタートした。1周のローリングでペースカーは退いたが、シグナルがゴーとはならなかったのである。2周目のローリングはそのため一瞬混乱したが、コースを1周してくる間に隊列は整然さを取り戻していた。
ポールポジションの有利な位置からリーボックスカイラインがまず先頭に立つ。だが、それをせっつくようにカルソニックスカイラインがリーボックスカイラインのテールに食らいつき、第2ヘアピンを立ち上がった。その先のバックストレッチで、リーボックスカイラインは簡単にトップの座をカルソニックスカイラインに譲ったのであった。

シエラに至っては勝負権のない状態である。前年のGTS-Rとの戦いでは優勝は不可能ではない戦いに持ち込んでいたが、筑波でもGT-Rとの差は歴然だった。シエラは1分2秒台が精一杯の状況なのである。
7周目、まだレースはこれからという段階で、リーボックスカイラインが突然ピットインしてきた。まず第一報として「この朝のフリー走行からコンピュータに不安があった」との情報が飛ぶ。やがてエンジンフードが開けられたリーボックスカイラインから、白煙が立ち上る。結局原因はターボチャージャーあであることがわかった。GT-Rがデビューして以来初めてのリタイアである。
マシンを降りた長谷見は、
「今朝からターボの具合がおかしかった。エンジン担当にはそう報告していたんだけど・・・。決勝レースのスタートからエンジンはおかしかった。」
とコメントした。

その後、カルソニックスカイラインは余裕をもってペースを1分2秒~3秒台へ落した。それでもスタートから2時間半後のゴールを迎えた時には2位に4周の差をつけていた。レース序盤、黄旗区間の追い越しがあったとして4台が1周減算のペナルティを受け、その中にカルソニックスカイラインも含まれたが、優勝というその結果に何ら影響を及ぼすものではなかった。

星野はレース後にそう語った。だが、GT-Rデビューの年にゼッケン1を付けたリーボックスカイラインに対し、そのチャンピオンナンバーをカルソニックスカイラインが狙っていることは間違いないはずだ。
